08年12月22日−30日  in エジプト&ケニア
プロローグ 1−3日 4−5日 6−7日 8−9日
top
ただ生きる、そして十万年後の今がある 
4日目【12月25日(木)】


ナイロビ到着


23時20分にエジプト・カイロ空港を出発。そもそも出発前にロビーにいるときから気分が優れず、具体に言えば、胃がむかむかと。排気ガスを吸い込みながら移動したことによる車酔いか、エジプトで食べた夕食かと原因を探りつつ、搭乗後も、胃のむかつきによる気持ち悪さを、ただ耐えるのみ。

飛行機内では、運がいいのか悪いのか、非常口横となる、3列シートの内側2席を用意される。非常口横は、緊急脱出用に前の席がなく足を伸ばせる反面、シート前に荷物を置くことが許されず、手荷物はすべて荷物棚に入れさせられる。機内に持ち込んでいた水や薬を出発後しばらく取り出せない上、通路席に体の大きな女性がいるためトイレにも気軽に行けない環境で、辛さと共に時間を過ごす。

まあ、耐えるこそ自分の旅らしいと、かつての旅を懐かしみながら、さっさと眠りに入ることに。出発後30分もせずに出てきた食事は、もちろんパス。食事に盛り上がっている周りの人達に、サービスとはいえ、24時過ぎによく食事ができるものだと思いながら。

ちなみに、今回のケニア航空の難点は、ハルツームに途中経由することにある。電気も消え寝入った頃の3時過ぎ、周りの騒々しい雰囲気に目を開けると、出口に向かい歩いている人達が見える。中途半端な時間に経由地に着くものだと思いつつ、機内清掃なんて理由でいったん下ろされないことを確認し、一安心。3時過ぎに始まった再びの食事タイムに、これこそ無理と、結局こちらも断る。到着後に厳しい移動が待っていることを思い、できるだけ睡眠をとっておこうと、再び眠りに入る。

5時30分に目が覚めた頃にすばらしい朝焼けを鑑賞。朝食が出ない中、6時にケニアのジョモ・ケニヤッタ国際空港に到着。砂漠に降り立ったエジプトとは違う、サバンナを想像させる草で囲まれた環境に、ケニアに来たんだなと実感する。



草地に囲まれたジョモ・ケニヤッタ国際空港。空港は軍事機密でもあり、写真撮影には、なかなかうるさい。のんびり携帯電話で撮影していた奥さんに、険しい表情で警備員が近づいてきたから、これはまずいとさっさと携帯の写真を消去。写真フォルダを見せつつ、「いや悪かった、写真は消したから問題ないだろ」と言いくるめ、もう一つ納得しない顔の警備員を振り切る。こんなところで、別室に連れて行かれたら、いつ出られるか分かったものじゃない。素直に非を認めて、相手の求める行動を先回りして対処しておくに限る。そうすれば、こちらまで頭が回らず、こうして空港の写真をしっかり残せるものだから。



出国と入国エリアが分かれていない空港内部に少々戸惑いながら、係員に聞いてようやく入国審査のカウンターにたどり着く。普通は、入国審査が終わるまで、到着ゲートから直通通路で歩かされるものだから、なんともルーズなものだと思いつつ。

少々遅れて着いた入国審査カウンターには、長蛇の列。とりあえず入国カードを書き、近くにいた清掃係員に「どこの列に並べばいい?」と質問。とりあえず一番すいている列に案内されるも、表示板には航空スタッフ・ファーストクラスなんて書いてあるから、これはまずいだろうと顔を見返す。「ここで大丈夫か確認してみるから」と審査スタッフに聞きに行き、OKのサイン。えてして、1列30人は並んでいる他のカウンターを横目に見つつ、あっという間に入国審査を終えることに。ちなみにケニア入国には、眼球の写真を撮られることをここで知る。

荷物を無事に受け取った後、現金の使用機会は少ないと見込み40ドルほどケニアシリングに両替し、到着ロビーに出る。到着を待つ多くの出迎えがあるが、客をつかまえようとするタクシー運転手やあやしいツアー代行者でごったがえすエジプトと比べると平和なもの。限られた旅行者数に加え、目的を持たない旅行者の割合が少ないことが原因かなと想像する。

そんな到着ロビーに、日本語で名前を書いたプラカードを持つスタッフを発見。すらっとした長身で人のよさそうな笑顔で迎えてくれた黒人青年の名前は、ジャクソン。今回企画会社が手配した現地ツアー会社「テッコーツアー」のスタッフで、日本語が話せることにまずは驚き。ケニアは英語ガイドと聞いていたから、挨拶が日本語で返ってくるとは、予想しておらず。


・・・
自由旅行を組み合わせたエジプトと違い、ケニアは、当初から現地ツアーを組み込んでいたことが、いつもの旅と大きく異なること。ちなみに、現地ツアーといっても、企画会社に希望を伝えて日程を調整した、オリジナルのツアー。

そして、今回のケニア滞在で希望したのは、@訪問地としてアンボセリ国立公園とマサイマラ国立保護区に行くこと、Aその際の宿は、アンボセリがオルトカイロッジ、マサイマラがムパタ・サファリ・クラブ、Bそして、ナイロビは治安が悪いので宿泊しない、というもの。希望と共に、費用面等総合的に検討して行程を組み、既に現地手配が済んでいるから、ケニア到着後はその流れに乗ればいいという気楽な状況になっていて。

企画会社を使ったのは、自分の行きたい場所、見たいものを網羅した、楽しい旅行になると確信できる行程がなかったから。JTB等のパックツアーだと、マサイマラ国立公園のみや、アンボセリ国立公園・ナクル湖・ナイバシャ湖・マサイマラ国立公園のセットと希望の行程がなく、かつ移動が車でそれぞれの公園を片道5時間程度かけて動く等効率が悪かったり。そもそも、十数人の団体行動で変に気を使いたくない、かつせっかくの外国を日本人の集団で動いても、その価値が半減するのではという思いもあり。
この辺の企画会社とのやりとりは、プロローグでも書いたところ。十数通に及ぶメールのやりとりで決まった行程の経緯は、そちらから。

そうして、ケニアの旅行がここから始まる。






ハプニング(蚊との遭遇)


まずは、空港内にある少し離れた駐車場まで移動し、スーツケースを車に積み込む。そんな様子を、車の横でぼんやりと眺めていたところで、あれほど旅行前に注意を払いながら、すっかり忘れていた生物に出くわす。そう、ケニアの脅威「蚊」に。

何を隠そう、この蚊が、一時ケニア旅行の中止を決断させ、その後も防虫対策にいろいろと気を使うこととなった要因である。ケニアには、大きく分けて二つの懸念があり、一つには治安、そしてもう一つが病気といえる。

治安は、昨年(H19年)末の大統領選を発端とした部族間の紛争で600人以上の死者、25万人以上避難民をだし、滞在外国人の国外脱出は大きなニュースになったもの。まあ、大統領選に絡んだ内紛は、アフリカの代名詞みたいなものだし、逆に言えば、大統領選がない今年は安全とこれについては特に問題視せず。

むしろ問題と考えていたのは、首都ナイロビの治安。脅し文句に定評のあるガイドブックも、その表現がこれまで訪ねた地域とは格が違う。「ナイロビは著しく治安が悪化しており、夕方以降は強盗の襲撃を警戒すべきである。特にダウンタウンへは如何なる状況であっても、絶対に足を踏み入れてはならない。また、ナイロビのアメリカ大使館を狙った爆弾テロが発生している。」と。どこの国の首都も同じだろうが、ナイロビにも国内各地から出稼ぎ労働者が流入し深刻な就職難、不安定な経済状況が犯罪の急増につながっているとか。現在は、白昼堂々と、高級商店街だろうが、大通りだろうが関係なく強盗が起こっているとなると、手の打ちようがない。結果旅行者は、武装警備員が付き安全が確保されている高級ホテルとデパートのみが滞在先となり、ホテルの周りであろうと散策が難しい状況になっているという。

となれば、その対応策は、ナイロビに滞在しないことと結論。散策できない地に長居する気はなく、移動時間の都合で宿泊する必要もなかったから、経由地としてのみ利用することに。その上で何か起きれば、仕方がない。いつものように、状況に応じて対応するだけ。

それでも、人が起こすものは、ある程度雰囲気で察せられるし、その手段が限られるから対応のしようもある。一方やはり、対応にも限界があるのが、病気への対策。推奨される予防接種が黄熱病、A型肝炎、破傷風、狂犬病、ポリオに始まり、感染症の発生状況になると腸チフス、赤痢、テング熱、リフトバレー熱と数限りない。食べ物から感染するものは、生水、生もの、生野菜を飲食しないことにするにしても、虫が媒介するものは、どうしようもない。

その典型が蚊で、旅行者がかかると5割の死亡率に達するという黄熱病と40℃以上の高熱が繰り返し発熱するというマラリアを媒介。黄熱病には接種10日後から10年間効くという予防接種があるが、検疫所で医師と面談した末に、生ワクチンのデメリットから敬遠。マラリアには予防接種がないから、結果蚊への対策は、「蚊に刺されないように努力する」という原始的なものに。

ケニア最大のテーマは、蚊に刺されないこと。命がかかっているから、妥協もできない。そして準備したのは、極めて有効と評価の高い蚊取り線香を始め、それぞれの状況を想定し、数種。部屋用として、蚊取り線香と合わせて、第5世代といわれる最新種「おすだけベープ」。1押しで12時間効き、電気を使用しないこともケニア向け。屋外用には、「どこでもベープ」。腕に付けて持ち運び可能な小型サイズで一人分の空間をバリアするという優れもの。車内等の狭い空間なら、その一帯をバリアする効力があるという。そして究極が、防虫ウエア「スコーロン」。アース製薬と帝人ファイバーが共同開発した接触忌避型の防虫機能を持つパンツとパーカーで、薄手の生地から羽織着として利用できるというもの。

ちなみに正確な情報を提供すれば、ケニア全土でマラリア、黄熱病の感染の危険性があるわけじゃない。リスクが高いのは、沿岸部。ナイロビ等今回の訪問地は、南緯1.2度と赤道直下の町だが、海抜1700mと高地のため年間平均気温は17℃と涼しく、黄熱病やマラリアを媒介する蚊は少ないと言われている。そのリスクから一度ケニア行きの中止を検討した際は、企画会社担当の黄熱病・マラリアの発症はこれまで聞いたことがないとの言葉から遂行を決意したが、感染地帯であることに違いはなく、結局は確率の問題。黄熱病はサバンナの野生動物を介し周期的に広まる病気だともいうし、だから入念な準備をしたわけである。


さて、ようやく本題に戻る。その準備を万全に整えていたにもかかわらず、ケニア到着時にすっかり忘れ、日本語ガイドに安心しきって気持ちも緩んだその瞬間、耳元で聞こえた聞き慣れた羽音。ちょっと待て、到着早々シャレにならんと、一人その場でダンスを開始。動いて吸血行動をしばし阻止した後、茂みを離れ蚊の位置を把握できる状況を作り、一安心と。

軽いハプニングを乗り越え、利用車であるランドクルーザーに乗車。広い車内にくつろぎつつ、さっそくどこでもベープを着用し、移動を開始する。






アンボセリ国立公園へ


ジョモ・ケニヤッタ国際空港のすぐ隣には、ナイロビ国立公園が広がる。ケニア最初の国立公園だとかで、道路のすぐ横に動物を見ることができ、ケニアに来たことを実感する。とはいえ、これから数日動物尽くしの予定だから、写真も撮らずに眺めたのみ。国際空港はナイロビ中心部まで30分程度と郊外になるが、ナイロビに滞在予定がないため、まずはケニアの首都の様子を見てみようと車窓を楽しみつつ移動を続ける。

空港を6時40分→時差を修正し7時40分出発。ここから今日の目的地アンボセリ国立公園まで250km、5時間超の道のりが待ち受ける。飛行機搭乗時の胃のむかつきは治るも、睡眠時間が取れなかったことから眠気が残り、ここからの移動は睡眠と共に。

その7割は未舗装だったアンボセリまでの道のり。お構いなしに7、80kmのスピードでとばすから、終始上下に激しく揺れながらの状態が続く。周りを流れる新鮮な景色に加え、どこまでも続く上下の揺れから、飽きずに時間が経つからおもしろい。そして、そんな刺激を上回る眠気が襲ってきた頃からは、うとうとしながら。

到着時の7時頃には涼しかった気候が、はっきりとした暑さへと変わっていく。飲み物はスーツケースの中、水分補給もままならない。対向車が通るたびに砂埃が舞う状況に、窓を開ける気にもならず。そして、ようやく出発2時間30分後の10時過ぎに、タンザニアとの国境の町ナマンガ付近のお土産売場で休憩を取り、ほっとしつつ車を降りる。

ここが一番きれいなトイレとの説明のとおり、他にも移動中の旅行者を見かけたことから、立ち寄りスポットとなっているよう。さっそくここでは、お土産を購入。木彫りの筒に皮を張った現地の太鼓を気に入り、合わせてマサイの木彫り人形を交渉の末に。ネックレスを2つ付けてもらったのは、最後に5ドル分価格が折り合わないことからの妥協の産物というわけで。

ここで水分を補給しておけばと、いまさらながら思う。昼間の気温を軽視していたこともあり、宿に着くまで耐えられるだろうと判断。そして、ここから辛い時間を過ごすことに。

      
トイレ休憩したお土産所。店内には、木彫の巨大キリン等ケニアの土産が並ぶ。この木彫タイコを購入。



宿までは結局、ここから2時間30分。気温はどんどん上がり、聞けば30℃に近いというが、窓を閉めた車内はもっと暑い。エアコンはちっとも効いておらず、周りには急激な上昇気流から起こるという竜巻があちこちで舞っている。ケニアをなめてた、とここで気付く。日本で確認していたナイロビ気温は、朝10℃〜昼20℃の動きだったが、どうやらアンボセリはそれより気温が高いようだと。

国立公園に近づくにしたがって、さらに道は悪くなり、道にあいた穴を避けつつ徐行運転を織り交ぜながらの進行。5時間かけて、アンボセリ国立公園内にある宿泊ロッジ「オルトカイ・ロッジ」に着いたときには、すっかり夏ばての状態になっていて。

      
左:ナイロビからしばらくは、舗装の道が続く。草木のみに囲まれた、どこまでも真っ直ぐの道が続く。
中:アンボセリに近づく頃には、竜巻をあちこちで見かける。日常的に起きるようで、規模も小さく、気にするものでもないよう。
右:アンボセリの行程で使ったランドクルーザー。エアコンが効けば、もう少し快適だったと思うとこ。






オルトカイ・ロッジ到着


オルトカイロッジは、アンボセリ国立公園内の木々に囲まれた湿地帯ある宿。ここのうりは、ロッジからキリマンジャロが見えることで、それがためにここ指定でアンボセリの宿を予約したところ。

木々に囲まれたロッジ入口を抜け、ロビーに。到着のサービスドリンクでマンゴージュースをもらい、やっとありつけた水分に至福のひと時を感じつつ、一気に飲み干す。チェックインは、ジャクソン任せ。ロビーのソファに体を休め、しばし待機する。

      
左:オルトカイロッジの入口。緑の木々に囲まれ、ほっと落ち着く空間。を演出している。
中:ロッジのロビー。ソファにくつろぎ、チェックインを済ます。
右:国立公園のど真ん中にあるロッジは、すぐ目の前にサバンナの世界が広がる。ロッジの庭の先で、草を食べるシマウマに自然の中にいることを実感させられる。



12時30分に到着。14時までにランチをということで、いったん部屋に行き着替えを済ませた後、13時にダイニングルームへと向かう。オルトカイでの食事は、ロビーと連なる建物内にあるダイニングルームで行うことになり、ランチはビュッフェ方式。アフリカ料理や西欧料理といろいろ並んだ料理から、好きなものを選び、テーブルについて食事をする。
結局ランチで食べたのは、その場で焼いている牛肉のブロックから削ぎ落としたバーベキュー、骨付きラム肉の煮込み、豆の煮込み料理とライスに、パイナップルやケーキのデザート類。ケニアの料理になるとやはり肉料理が中心になるが、旅行者に合わせて欧米風の味付けになっているから、おいしくいただく。
ちなみに、食事は宿泊料金に含まれているから、追加料金は飲物となる。基本的には、大きなボトルのミネラルウオーターを一本頼み、余れば部屋で飲むという形をとることに。

   
ロビーの隣にあるダイニングルームで、外の景色を見ながら食事。おいしい肉料理を堪能する。



食後は、再びロッジに戻る。ロッジは、ロビーから草原に囲まれた小道をしばらく歩いたところにあり、それぞれロッジが離れているから、ある程度のプライバシーが守られるつくり。ゴムの木を使った内装は自然と融和し、こじんまりした内部と合わせてなんとも居心地がいい。窓からは、目の前に広がるサバンナの景色を見ることができ、自然のど真ん中にいるという贅沢な環境をさらに引き立てる。

ロッジに帰ってからは、夕方のサファリドライブのため、16時にロビーで待つようにとジャクソンに言われていたから、しばし部屋で睡眠をとることに。

そして目が覚めたのが、15時40分。いいタイミングで目が覚めたという話じゃなく、ここで気が付いたのは、体にたまった疲労が一気に表面化していること。体が重く頭がどんより、熱射病かと思うそんな症状。

気温は相変わらず高く、部屋には風が通らない。エアコンはもちろん扇風機もない状況に、対処のしようもない。慣れない気候にたまった疲れや睡眠不足、水分を多めに補給し少し動ける状態になったものの、翌日以降を考えここは無理をするところじゃないと、決断。一人ロビーに向かい、ジャクソンに調子が悪いから夕方のサファリドライブを休むことを伝える。

ケニア西部にあるマサイマラ国立公園をメインに考えつつ、片道5時間を要する南央部にあるアンボセリ国立公園を訪ねた理由は、ただ一つ、大自然を背景としてそびえ立つキリマンジャロを見たかったから。雲に隠れることが多いというキリマンジャロの気候を思い、無理を押して夕、朝2回のサファリドライブを行程に加えたのに、自らの事情で1回のサファリを中止にするとは、なんとも情けない。こうなれば、体調を整えて明日の朝にかけるしかないと気持ちを切り替え、再び部屋で休むことに。


結局ここから3時間ほど睡眠をとり、19時過ぎに起床。辺りはすっかり暗闇に変わり、気温も一気に低下。すずしく快適な環境に体力も回復し、19時過ぎからと聞いていた夕食を食べに出かける。

      
ロビーから、小道を十数m歩いたところにある、ロッジ。こじんまりした落ち着いた部屋は、清潔感もあり、快適に過ごす。窓から、外の大自然を見ることができのも、いいところ。






クリスマスディナー


本日12月25日は、クリスマス。今日はクリスマスディナーだから、外にある広場での夕食になると聞き、さっそく暗闇の中を歩いて広場へと向かう。

広々とした庭に数十個のテーブルが配置され、その周りに用意された料理を自分で好きなだけとっていくビュッフェ方式。トウモロコシの粉で作る東アフリカの主食料理ウガリをとったり豆料理でお皿を埋めたりしつつも、この日のメインは、豪快なバーベキュー。大きな炭火焼機が2台用意され、シェフがつきっきりで調理。ボリュームのあるビーフやチキンの切り身はもちろん、子羊一匹が網の上で焼かれている様は、なかなかの見物で。もちろんラムもときれいに焼かれた姿から削ぎ落とされた臀部をお皿に乗せ、テーブルに戻る。

クリスマスディナーということで、ちょっとしたパーティーである。頭上に張り巡らされたクリスマスツリーに付けるような小さなライトだけが辺りを照らす明かりで、暗闇混じりの環境がいい雰囲気にもなり。机に配られたパーティー気分の三角帽子をとりあえず頭に乗せながら、食事を楽しむ。

料理がおいしいロッジとは評判どおりで、ペッパーソースがおいしく、ビーフ自体にもこくのあるおいしさを感じる。味がないのがウガリの特徴だが、食べやすくお肉のお供にたいらげる。普段のディナーは、メインを一つ選んで他の料理はビュッフェ方式というスタイルらしいが、豪快な野趣あふれる料理を、目の前にサバンナが広がる自然の中でいただく貴重な経験ができ、いいタイミングだったと喜んだもので。

      
左:ロッジ前の広い庭が、クリスマスディナーの開催場所。テーブルが置かれ、ロープで張り巡らされた明かりが灯る。
中・右:テーブルの周りで行われる、シェフによるバーベキューがメインとなる。ビーフ、チキンとあるが、なにより丸焼きラムは、アフリカらしさを感じさせられる。肉類、ウガリといろいろ料理を乗せて、豪華な夕食に。



夕食を食べた後は、キャンプファイヤーを囲んでマサイダンス等が行われていたらしいが、そのままロッジでくつろいで。一番乗りで夕食を食べ始めたこともあり、外で音楽や歓声が聞こえ出したのは、シャワーを浴びてベッドでくつろいでいるとき。いまさら虫除けスプレーをかけて外に出るのもめんどくさいと、部屋で休憩。せっかくの機会だから無理をしてでもといつもなら動くところ、一人じゃないのんびり旅行がそうさせたところもあるかな。

そして、蚊帳を下ろしたベッドで22時過ぎに就寝。長かった4日目を終える。

 
夜のロッジの風景を





                                                                                            


5日目【12月26日(金)】



アンボセリ国立公園滞在は、1泊2日の行程。残り1日の予定は、午後にナイロビ発マサイマラ行き飛行機に乗ることから、自然アンボセリ滞在も限られて。

ナイロビまで5時間の移動時間を考えると、一度サファリドライブに出て、再びロッジに戻ってくる余裕はなし。サファリ終了と共にナイロビに向かえるように、チェックアウトを済ませ荷物を積み込んでの出発となる。7時にロビーに集合とジャクソンに言われていたから、まずは6時に起床。

着替えと共に出発の準備をしていると、辺りがだんだんと明るくなる。これは日の出のタイミングだと準備もそこそこに庭に出、周りの景色を見渡す。目の前に広がる草原をしばし見入り、赤く染まる東の空へと目を移す。吸い込まれるように、朝露に濡れた芝生を踏みしめ、庭の端へと移動。ロッジの庭と野生動物がいる草原地帯との境は、数mおきに立てられた木杭につながった細い銅線があるのみ。見た目頼りないこの銅線も、電流が流れていて、危険な野生動物が近づくのを避ける役目となっている。

庭の境まで行くと、景色を遮っていた木々がなくなり、目の前にはキリマンジャロが雄大にそびえ立つ。中腹には雲が見えるもののしっかりと山頂を見ることができ、その大きさに圧倒され、ただ体全体で感じるのみ。

ますます赤色に染まっていく空の景色もすばらしく、ただ見ているだけでいつまでも飽きることがない。といっても、そんなに余裕がないのが、今日の朝。しばらく上りそうにない太陽を待ちきれず、部屋の近くにいた部屋掃除のスタッフに朝日が出たら教えてよと一言言って、再び準備に取りかかる。そして、ドアのノックを合図に外に出て、昇る太陽をしっかりと目に焼き付ける。そんなわけで大忙しの朝に。結局、出発準備もそこそこに、6時半に朝食を食べに行く。

   
左:朝焼けに染まる朱色の空を、いつまでも眺める。
右:目の前にそびえ立つ、キリマンジャロ。この先には、ゾウの群れが草を食べている姿を見ることができる。



朝食は、ソーセージやベーコン、ポテトコロッケが揃うビュッフェに、卵料理をその場で作るサービス付き。パプリカ・チーズと具材を指定しオムレツを作ってもらい、朝食のメインに。毎度用意されるデザートもおいしく、ミニサイズのケーキとパイナップルをいただく。

朝食帰りにロビーで見つけたジャクソンに少し遅れそうだと一言告げ、ロッジへ。7時過ぎにチェックアウトし車に乗り込み、出発。
居心地のいいロッジの造り、周りを草原に囲まれ庭から野生動物を見ることができ、そして目の前にキリマンジャロがそびえ立つ環境、木造によるロビーやダイニングルームの雰囲気、野趣あふれるおいしい料理、常に気さくで気配りを感じさせたスタッフのサービス、全てが揃ったすばらしい環境を満喫し、ケニア最初の宿オルトカイ・ロッジを後にする。






サファリ inアンボセリ国立公園


そしてついに始まったのが、ケニアでのサファリドライブ。ジャクソンの解説と共に、動物達を見て回る。ここで最初に書いておくと、アンボセリ国立公園でのサファリの特徴は、車が車道を外れて草原地帯に入らないことにある。無警戒に道のヘリで草を食べる動物もいるが、なかなか動物達を間近で見られないのは、ちょっと物足りないことかもしれない。自然保護や野生動物の環境維持が目的だからもちろん尊重したいところ。とはいえ、これが初めてのサファリであり、他の場所でのサファリを知らないこと、そして動物達に目を奪われていたからちっとも気にならなかったけど。

最初に見たのは、カンムリヅル。頭に黄色の冠がついたツルで、ウガンダの国旗にもなっていると説明を受けながら観察。ようやく出会えた動物は鳥であろうと嬉しいもので、しっかりとカメラに収めて。

今回旅行に持ってきたデジタル一眼レフカメラは、ケニア旅行検討段階で、事前練習が必要だからと旅行2ヶ月前に購入。普段の旅行なら、持ち歩きやすく、レストランでの撮影等瞬発力に優れたコンパクトデジカメで十分対応できるけど、望遠が求められるサファリでは、あまりに役不足。なにより、風景撮影に威力を発揮し、写真のできが明らかに違う一眼レフは、今後も用途は十分にあると、投資を決定。
種類は、発売したてのニコンD90。選択した105mmのレンズは35mm判換算時で3倍の効果があり、実質300mmまでは対応可能。故障リスクと、重いレンズ運びを避けるため、200mm望遠の交換レンズは購入しなかったけど、遠距離から見る機会の多いアンボセリでは、やはり物足りなさを感じる。ただ、求めればきりがないし、日本での用途が見出せないなら、105mmでも十分と思うけど。値段も張るが、性能はすばらしく、旅行最終盤に思い出しほとんど活用できなかったが、動画も撮影可能。なにより、現像した写真のレベルが違うのが、デジタル一眼レフの特徴。写真の美しさが、画素数だけじゃないことをつくづく思い知らされる。その分データが重く、パソコン処理の難しさから、ホームページ作成には向かないというのがマイナスな点じゃあるんだけど。


アンボセリ国立公園でのサファリの様子をしばらく中継。最初は鳥類を多く見、ハゲワシもその一つ。鳥獣の死肉をあさることで知られる大型のワシだが、このときは草原でのんびりたたずむところを目撃。なかなか威厳のある姿に見とれる。アフリカクロトキはトキの仲間で、古代エジプトでは神として扱われた聖なる鳥だという。こちらは、地下水の湧き出た湿原で見かける。

ようやく出会えた動物は、ヌー。長く白い髭をたくわえ、どこか老成した雰囲気を持つ。牛科でもあり姿はやせこけた牛に近いが、原種といわれる見島牛を思うとイメージが合致する。まあ、野生の中で生きていくにはのんびり肥える余裕もないんだろうけどと思いつつ、その姿に長きに渡り戦い続けた熟練の戦士の面影を見る。


左:ウガンダの国鳥でもあるカンムリヅル。頭の黄色い冠に、その名の由来に納得する。
中:アフリカクロトキ。アンボセリには、こうした湿原が多くある。
右:草を食べるヌー。頼りなさそうで、しっかり大自然を生き抜いているから、あなどれない。



そんなヌーの先にそびえるは、キリマンジャロ。サバンナの緑と空の青、そしてそこで圧倒的な存在感を示す一つの山。この山と共にあるのがアンボセリであり、引きつけてやまないその強い力に、ここを訪ねたことの良さを思う。

   
アンボセリの代名詞ともいえる、アフリカゾウとキリマンジャロ。



キリンジャロをバックに、そんな代名詞ともいえる動物・ゾウに出会う。アフリカゾウは、陸上最大の動物で、オスになるとその大きさは高さ3m体重6トンにもなる。ゾウは群れで生活する動物で、このとき会ったのは14頭からなる大集団。いくつかの家族を単位としているのか、その中には子供を3頭、少し大きめのゾウを4頭、大人のオスとメスのゾウを7頭確認する。小さな小象は生後3ヶ月程度といい、大人達に周りを守られながら移動している姿がなんともかわいらしく、ゾウのイメージを変えさせられる。他でも多くその様子を見ることができたが、子供のゾウは他の動物の捕食の対象にもなるようで、普段から大人が周りを囲んで守っているというのがゾウの群れの特徴のよう。ちょっとした家族愛に触れつつ、次へ。

   
道路わきを移動する、アフリカゾウの一群と出会う。



続いてトムソンガゼルを発見。小柄でスマートないでたち、飛び跳ねながら走る姿は美しく、お気に入りの動物となる。草食動物の姿が多く、シマウマを見かけたのもこの辺り。アンボセリ国立公園は、乾季の影響もあるのか草の丈が短いことが一つの特徴にある。どこまでも見渡せる景色は、近づかなくても動物を見れるよさがあるが、肉食系の動物にとっては狩りが難しいだろうなと思いつつ。

その後も、鳥類最大であるダチョウ、草食動物の中で最も気が荒いというバッファローの群れを見る。そしていよいよ出会ったのが、ライオン。数十m先にいる水たまりに寝そべる3頭のメスライオンをジャクソンが発見するも、あまりに小さく確認するのに一苦労。車の側にいたヌーがライオンの存在に気付き警戒して観察を続け、目が合った途端突如全力疾走で逃げる姿はなかなか迫力があり、自然界の日常を垣間見たようで興奮したもの。

4,50頭はいようかというシマウマとガゼルの一群を見かけたり、なにかと大きいスケールもアンボセリの特徴だな。そんな草食動物がくつろぐ中を徘徊していたのがブチハイエナ。一匹猫背でしょんぼりと歩く姿はなんとも頼りないが、群れで連携した頭脳的な狩りの成功率の高さが示すように、実は優れた能力を持つ動物だったりする。このときは周りに仲間もおらず、単なる散歩にすぎなかったようだけど。


休憩するバッファロー、親子連れのシマウマ、二匹で行動するブチハイエナ。



しばらくドライブを続けると、大きな水たまりの後ろにそびえる小高い丘が見え始める。ここはアンボセリ国立公園で唯一下車を許されている場所で、車を止めて丘へと歩いて上っていく。高さ30m程度の丘だけど、アンボセリ自体の標高が高いから、山頂は海抜1500mと一般的には立派すぎる山だったりするからおもしろい。

頂上は平地になっていて、景色を見渡せる丸太の椅子が置かれていたり、長いドライブの休憩所としても最適。真上から見下ろせる数百mにもなる湖規模の水たまりは、キリマンジャロからの地下水が湧き出ることによるもので、乾季を始めかれることがない水場は、動物達が集まるスポットにもなっているよう。ゾウでさえ小粒に見える距離なため、ほとんどその存在を確認できなかったものの、360度に広がるサバンナの壮大な景色を見られただけで十分に楽しめて。

この小高い丘は、オブザベーション・ヒルといいアンボセリの展望台として知られたところだから補足までに。ゆっくりと時間をとって見学を終えたところで駐車場に戻る。車の横に、光沢ある瑠璃色の美しい羽を持つ小型鳥を発見、テリムクドリと呼ばれるこの鳥のあまりのきれいさに思わず見とれる。

と、そんな余裕があったのもここまで。さて、車に乗り込もうかといったところで、ちょっと待ってとジャクソンの指示。なにやらバッテリーがあがった様子で、エンジンがかからない。しばらくして集まってきたガイド車の中で仲間のドライバーが3人参戦、車止めに前輪をかけた今の位置を移動させようと車を後ろに押し始めたから、手伝い一緒に押す。丘の途中に作られた駐車場には軽い傾斜があり、2トンを超える重量を押し上げるのは、男3人がかりでもようやくといったとこ。土のでこぼこ地面がさらに作業を困難にし、2mほどの移動で一旦休憩。車の位置を変えて、他の車からバッテリーを充電させるのかと思っていたが、どうやら移動の目的はそうではなく。前輪を車止めから外し自由に動ける態勢になったところから下り坂の勢いをかり自動前進、そこでエンジンを回すと見事にかかり、ようやく修理?が終わる。時間にして20分ほど、こんな頼りない応急処置で大丈夫なのかと思いつつ、オブザベーション・ヒルを後にする。


平原に現れる小高い丘。唯一降車を許される場所だから、歩いて丘に上る。丘の上には、展望台。ここから、360度広がる景色を見ることができる。






再びナイロビへ


そして、ヒルを後にしたところでサファリも終わり。時間は10時15分、予定を1時間超える3時間のサファリは、昨日サファリができなかったからというジャクソンの優しさによるもの。ただ、同時に少々の不安も。アンボセリ2日目のサファリは、こちらが無理に行程に入れ、時間がないからショートサファリになると計画段階で聞かされていたもの。それを通常以上の時間をとって大丈夫なのかと。時間が限られる理由は、今日の午後にナイロビ発の飛行機に乗る必要があることから。さらに、16時出発予定の飛行機が、昨日のジャクソンの説明では15時台に早まったと言うことも懸念の一つ。まあ、この2日間の行程は全てジャクソン任せだから、詳しい時間も確認せず任せようと心に決めていたことだけど。

アンボセリ国立公園のゲートをくぐり公園を出、再び未舗装の道路をナイロビへと進む。公園に柵があるわけじゃないから、外に出てもキリンを見かけたりといろいろ楽しみが。ちなみにキリンは初めてだったから、車を止めてしばしの観察。

公園から出て30分も経ち、デコボコ道を上下に激しく揺られながら進んでいるところで、突然の停車。何事かと車内で待機していると、タイヤがパンクしたとジャクソンが説明する。この状況でよくタイヤのパンクに気付いたものだと感心する余裕があったのもここまで、ここから大がかりなタイヤ交換作業が始まる。

三角停止板を数十m前後に置き、側に落ちている石で固定。未舗装道路をどの車も土煙をあげながらとばして走るから、車の存在を知らせることは生死に関わる大事なこと。年季の入った巨大車のタイヤを接続するナットは錆び、緩めるのに一苦労。車体を持ち上げるジャッキは、日本で見るような高性能なものとは程遠く、かみ合せも悪いようで思うように働かない。傾斜のある地面に立てた一本足のジャッキは、2トンの車重を支えるにはあまりに頼りなく、はちきれんばかりにしなっているから恐ろしくもある。ランドクルーザーの巨大なタイヤをジャクソンを手伝いながら一緒に入れ替え、再びしっかりと固定する。ナットを手で入れようにも、錆びているから一苦労。パンクしたタイヤも車の後ろに付け替えて、ようやくタイヤ交換作業を終了する。

書けば簡単だが、40分を超える作業はかなりの重労働の上、暑い日ざしに車が通過する度の土煙と厳しい環境、ジャッキの不具合等思うようにいかないことも多く、精神的にも少々疲労。そんな状況を、特別なことでもないようにいつもの朗らかな雰囲気で車内に戻ってきたジャクソンを救いにしながら、再び出発する。


パンク修理から20分もしないところで町に出、そこでトイレ休憩を取る。時間は12時、アンボセリからナイロビまで5時間かかるとして、ここからだと3時間超は固いと推測。15時台が飛行機出発時間なら、ここで休憩している場合じゃないのでは思うが、任せているからには余計なことは言わず。近くのガソリンスタンドでパンクの状況を見てもらうから、トイレのあるお土産店で待っていてと言われた後、そのまま置いていかれ。

15分もすれば帰ってくるだろうと待つも、一向にその様子はなく。たっぷりのお土産タイムを最初は楽しみ、楽器や木彫りキリンを交渉の上に購入するも、30分経っても帰ってくる様子がないことから、何度も外に様子を見に行ったりと焦りだす。結局帰ってきたのは、40分後の12時40分。お土産屋のオーナーとすっかり仲良くなりスワヒリ語を習っている奥さんを急いで呼ぶも、ジャクソンはのんびり大丈夫大丈夫と、プレゼント交換なんざして別れを惜しんでいるのを待つ余裕。ちょっと待て、いったいその余裕はどこからくるのかと、ちょっと腹立たしくもなってきて。

聞けばパンクしたタイヤを直していた様子、タイヤにこれが突き刺さっていたと4cmはあるボルトを見せてくれる。うーん、既に時間がない状況、確かにスペアタイヤは命綱だけど、ここではタイヤを直すより、到着までパンクしないことに賭け先を急ぐ方が優先だろうと思いつつ。


日本でなら、時間がなければスピードを上げて調整となろうが、ケニアの場合はそうもいかない。激しい上下の揺れを伴う未舗装の固い地面では、出せるスピードにも限界があり、通常から80km超の目一杯の速度だから、これ以上は望めない。そもそもランドクルーザーという車自体、厳しい環境での耐久性に優れるが、速さを求めるものではない。首都ナイロビを除き交通量が少ないことは、渋滞という予期せぬロスを生じさせない良さではあるが。

1時間経っても変わらぬ山と草原、時に現れる道沿いの地元市場といった景色に、間に合わないことを確信。移動中の景色はどの場面を切り取ってもすばらしく、それはそれで楽しめるのだが、どこかで時間を計算しているから落ち着かず。

ここから、間に合わない事態を想定し、シュミレーション。飛行機に乗れないなら、マサイマラまで車で連れて行ってもらうしかない。ナイロビ一泊、翌日マサイマラでは、サファリドライブの回数が減る上、なにより楽しみにしている高級ロッジ宿泊を削ることになり、とても譲れない。16時にナイロビに着いたとして、そこからさらに車で6時間かかるとして22時の到着。まあ、ジャクソンもいい奴だし、その日に着けばそれ以上は求めまいと心に決める。

15時を過ぎると、道は舗装路に、景色は畑から人々の活気を感じさせる町並みに変わり、首都のナイロビに近づいている様子を感じる。ただ、それもこれまでと比較してのことで、トタン屋根の小屋の合間に、コンクリート造りのビルもどきがあるといった具合で、空港の町まではまだまだ距離がありそう。いくら適当なケニア時間があるとはいえ、飛行機の出発時間はどうにもなるまいと思いつつ。この頃からは、交通量も増え始め、速度の遅いバスに前をふさがれるなど、余計な焦りも増え始める。

そんな状況がしばらく続き、15時20分になったところでジャクソンが携帯電話で連絡を取り始める。間に合わないからその後の段取りでも事務所に確認してるのかと思ったら、電話が終わると同時に、15時30分に着くと空港に連絡入れたから安心してと一言。まだまだ周りには空港らしいものは見えず、聞き間違えかなとその言葉を聞き流した数分後、丘の下に突如開けた町の景色が広がる。あそこが空港だと指差され、その方角に向け急な坂道を進んでいく。

空港入口の警備を程ほどのチェックで通り抜け、車を空港玄関に横付け。この時の時間が15時30分。ここで飛行機出発時間が15時30分だったことを知り、偶然か必然か不明ながら、ぎりぎりの到着だったことを知る。


急いで空港係員にチケットを見せ、ここでジャクソンと大急ぎの別れを惜しんだ後、空港内へ。15kg未満と厳しい基準が適用されると聞いていた荷物検査の時間の余裕はもちろんなし、ゲートをくぐるとピーと金属反応音が鳴っているが、そのまま突ききり飛行機へと向かう。自分達が着いたと同時に人々が移動を開始、どうやらしばらく待機があったようだけど、機内で謝罪声明をするほどでもなさそうだから、事なきを得る。

      
左:移動中の景色は、彩色豊かですばらしく、長距離移動の辛さを感じることなく、楽しむ。
中:数kmごとに市場を併設した町があり、周りの人々の交流拠点ともなっているよう。
右:ナイロビ市内に近づくと、トタン造りのスラム街のような街並みが続く。ケニアの抱える問題の一端を垣間見る。






マサイマラ国立保護区へ


飛行機は、16人乗りの超小型機。機内への上り階段がそのままドアとなったり、操縦席と乗客席が扉なしにつながった構造から、機長により飛行注意事項が直接伝えられたりと、初めての経験から一つ一つに驚かされる。この飛行機の特徴は、なによりも頼りないこと。風の影響をダイレクトに受けて揺れることはもちろん、年季の入った両翼のプロペラの精一杯の動きがなんとも怪しい。これまでの飛行機の概念を覆されながら、とても命を預ける代物じゃないなと思いつつ。

下りる空港名は知らないが、とにかく3つ目が到着地だと聞かされていたから、しばしの待機。飛行中の不安感は、離発着が加わるとスリルを伴って倍増。まだかまだかとようやく着いた1箇所目の空港は、飛行45分経過後のこと。これはまだまだ辛抱が必要と思ったものの、ここからが早い。飛び立ったと思ったら、10分もしないうちに降下態勢。3箇所目はさらに近くて、無事目的の空港に着く。

と、ここまで空港空港と説明してきたが、出発地であるナイロビの国内線専用ウイルソン空港を除けば、他は草原地にある土のグラウンドに過ぎない。建物などもちろんなく、木の柵が滑走路と待機スペースを隔てるだけ。土の滑走路から猛スピードで勢いをつけ飛び立つ仕組みは、石一つ紛れ込んだだけで転倒を覚悟するもので、その頼りなさは、経験した者じゃないと分からないだろうなと思うとこ。

なにはともあれ、無事マサイマラ国立空港に到着。迎えに来ていた宿泊ロッジのサファリカーに乗り、未舗装の道に揺られながら30分ほどの道のりを経て、ロッジに到着する。

      
左:ナイロビ・ウイルソン空港から飛び立ったところの地上風景。
中:機内は、16人の満席状態。操縦席の扉はなく、小型機初心者には、驚くことが多く。
右:マサイマラの空港と、到着後の飛行機。土の滑走路と、機体の頼りなさを。






ムパタ・サファリ・クラブ到着


朝から乗物に乗り続け、移動移動で10時間超、17時30分にマサイマラ国立公園での宿泊ロッジ「ムパタ・サファリ・クラブ」に着いたときは、安住の地にたどり着いた喜びを感じる。ムパタでは3泊を予定、ようやくこれでゆっくり落ち着いて過ごすことができると。

到着後はロビーでウエルカムドリンクを飲み、一息。なにせ飛行機搭乗が偶然にも近いぎりぎりのタイミングだったため、予定されていたランチボックス(弁当)は当然もらえず、朝6時に朝食をとって以降何も食べていない状況だったから。

ちょっと落ち着いたところで、ロビーのソファに座りながら、ムパタスタッフからロッジについて説明を受ける。食事は、朝8時−9時30分、昼12時30分−14時、夜19時30分−21時をメイン棟のレストランで。ゲームドライブは、朝6時−8時30分、昼15時−18時30分の1日2回となり、それに合わせた食事時間となっているよう。続いて、部屋の利用ガイド。環境に配慮したロッジは、太陽光発電によりお湯を沸かすため、一日の使用量は屋根に置かれたタンク分と限られるが、二人利用だと十分との説明。自家発電による電気も使用時間が限られ、朝5時−10時、夜18時−23時と、昼は電気が使えないシステムとなっている。電気の使用時間は、デジカメの充電等気をつける必要があるなと思いつつ。

一通りロッジ滞在中の利用説明が終わったところで、オプションの案内にうつる。今回同じ飛行機でナイロビからムパタまでやってきたのは、自分達を含め3組。皆30代前後の若い男女で、よくケニアにくるものだと感心したことは置いておいて、他の2組は既にオプションを頼んでいたというのがここでの話。出発前の予約も考えたけど、まあ、現地でもなんとかなるだろうと、ぎりぎりまで選択を保留。予約がとれない可能性もあるから、なるべく早く決めた方がいいとアドバイスをもらい、説明を聞き終える。

説明後は、受付で鍵をもらいロッジへ。ちなみに鍵のキーホルダーは、マサイ族が家畜を追うのに使う棒を使っていて、ちょっとしたマサイ気分を味わえるものとなっている。


さてここからは、ロッジの説明を合わせて、ムパタ・サファリ・クラブについても紹介。
ムパタ・サファリ・クラブは、マサイマラ国立公園のサバンナを見下ろすオロロロの丘の上に立つロッジで、日本人オーナーにより1992年にオープン。美しいロケーション、クオリティの高い食事、快適なホスピタリティから、ケニア政府より5つ星高級リゾートホテルの認定を受けている。自然に溶け込んだ建物のデザインは、日本人建築家・鈴木エドワード氏により、レストランでのコースメニューは、「オテル・ドゥ・ミクニ」のオーナーシェフ三國清三氏が監修していたりと、ケニアの文化・環境を尊重しつつ、日本的なきめこまやかさ、繊細さを感じる居心地のいい空間となっている。

日系ロッジということもあり、現地スタッフの中に、日本人スタッフが二人いることは、なんとも心強い。自分自身のみが信じられる存在である外国で、他に信頼して頼れる存在がいることのありがたさ。緊張感ある環境が海外の良さであり、出ることの価値でもあるが、ほっと落ち着く環境があることはやはり嬉しいことで。

施設は、レセプションもある2階建てのメイン棟に、バー、レストラン、図書館が集まり、宿泊客の集いの場となっている。メイン棟周辺の屋外に、プールや景色を一望できるバブーンバーが用意され、ロッジでのいろいろな過ごし方を提供してくれている。


左:ムパタ入口。メイン棟の2階にあたり、この先にロビーがある。天井から自然光が入り込む、開放的な造りになっている。
中:メイン棟の前にある、プール。水着は持ってきていたけど、時間もないことから、結局泳ぐことはなく。
右:メイン棟から少し下りたところにある、バブーンバー。屋外のバーになり、景色と共に、ドリンクをいただける。



宿泊施設となるロッジは、メイン棟を中心に左右に分かれ、小道により移動。ちなみに、ロッジにはデラックスとスイートの2タイプがあり、今回選んだのはスイート。1泊9千円の差で、ジャグジー等が付くスイートの方がかなり満足度が高いとの企画会社からのアドバイスから。

さて、そろそろロッジへと移動。今回のロッジは最端にあり、メイン棟から徒歩3分ほど。これが思った以上に距離があり、何度も分かれる小道に、最初は夜暗闇の移動で迷わないものかとちょっと心配したりと。


ロッジは、玄関を入ったところが広々としたリビングルームとなり、小さなテーブルとソファの他、小ぶりなベッドが置かれている。リビングの良さは、全面ガラス張りの窓となっていて、目の前に広がる大自然を見渡せること。部屋に戻るたびに、その贅沢な環境を体で感じられる嬉しいつくりとなっている。リビングの奥は、ミニ冷蔵庫が置かれたカウンター型のキッチンで、ミニバーとしての用途も果たす。

リビングの奥がベッドルームとなり、寝心地のいいベッドは、基本部屋で過ごすときの中心地となる。気温が夜10度以下に冷える寒さ対策に、湯たんぽを入れてくれるのがありがたいサービス。ゴム製の湯たんぽは触り心地も気持ちよく、快適な睡眠をもたらしたもの。ベッドルームからも、小窓から外の景色を見えるつくりとなっている。

ベッドルームから部屋の最奥にあるシャワールームまでの通路は広めのスペースがとられ、クローゼットや荷物置場となっている。ベランダへの出入口もここにあり、外のジャグジーまでは5歩の距離。そして、最奥のシャワールームは、洗面所にシャワースペース、リビングに続き2つ目のトイレからなる。

ロッジNo.23のこの部屋の良さは、一番端に位置すること。一つ一つのロッジに十分の距離があり、プライベートを確保できる造りとなっているが、周りに何もないという安心感は部屋の前を自由に歩くことを可能にして。部屋の前には草地が広がり、丘の上にある立地から10m程先にある岩場から急激な崖となる。岩場は、丘の下に広がるサバンナの景色を一望できる絶好の展望スポット。また、人が普段近づかない岩場は、バブーン(ヒヒ)の通り道となっていて、一群が通過する姿をベランダから眺めることができたりと、いろいろな楽しみがあって。

      
左:リビングには、カウンター型のミニキッチンが併設。コンロはないけど、ミニバー冷蔵庫や水まわりを活用。
中:入口を入ると、すぐにリビング。3つのソファと、ミニベッドが置かれる。大きな窓の先に、広大な大自然が広がる。
右:リビング隣のベッドルーム。ベッドルームを進むと、洗面所とシャワールームに出る。



ロッジに着いてからは、しばらく部屋を見て回り、ベッドで休憩。一日の移動の疲れをとりながら、オプションツアーについて検討に入る。

マサイマラ国立公園で丸1日滞在するのは、2日ほど。その2日も、朝・夕のサファリや食事時間を思うと、自由な時間は限られ、オプションに参加するとなると少々無理をする必要がありそう。ちなみに、ムパタで実施しているオプションは、次の6つ。

@ネーチャーウォーク。専属ナチュラリストと一緒にクラブの敷地内を歩き、植物や鳥、小動物についてのレクチャーを受けるという徒歩サファリ。所要時間1時間30分、料金20ドル。敷地外に出てマラ川まで下るコースは、所要時間3時間、料金30ドルなり。
Aマサイ村訪問。ムパタサファリクラブの近隣に住むマサイ族の村に車で訪問。所要時間1時間、料金45ドル。
Bビーズブレスレット作り。マサイ族伝統のビーズブレスレットをマサイ族のママと一緒にクラブ内で作る。所要時間3時間、料金25ドル。
C楽器「シリリ」作りと演奏。アフリカの一弦のバイオリン「シリリ」を天然素材で製作、又その弾き方を習い、アフリカの音楽文化を体験。所要時間1時間30分×2日間、料金25ドル。
Dバルーンサファリ。夜明け前から熱気球に乗り込み、風まかせの一時間弱のフライト。着陸地点のサバンナでシャンパンブレックファーストを楽しみ、帰路はクラブまでゲームドライブをしながら戻る。5時発−11時着、料金430ドル。
Eフィッシング。セスナ機でビクトリア湖の小島に飛び、エンジンボートでトローリング。ナイルパーチ(スズキ科の大型淡水魚)等を釣る。6時発−16時着、料金約480ドル。

半日以上を費やすDとEを除けば、それぞれ10時開始とサファリの合間に行われる仕組み。選んでも2つまでと見て、引かれていた徒歩でサバンナを散策するネイチャーウォークを選択肢から外し、マサイ村訪問とバルーンサファリを候補に。実はどちらも計画段階で参加を検討していたものだけど、バルーンでたまに事故が起きるというリスクから、事前の予約を断念、ぎりぎりまで決断を先延ばししたもの。まあ、現地に到着してからでも、まだ間に合うだろうと。


オプションを決めたところで、空腹も限界に来ていたことから夕食を食べにセンター棟へ移動。まずは、スタッフにオプションの予約を依頼。マサイ村訪問は明日27日に。既に予約済みの人が、バルーンサファリから直接参加するということで、そこに途中から参加することに。バルーンサファリは、他の会社が実施しているから、空きがあるかどうかは、まだ不明。とりあえず、急いで予約を入れておくということ。聞けば、ガイドブックに載るバルーンでの事故情報は、新規参入の他社でのことらしい。ムパタが紹介する会社は、創業以来40年近く無事故という信頼できる老舗というから、決断を後押しされて。

ようやく食事にありつけるとレストランに向かったところで、今日はクリスマスだから特別にシャンパンサービスがあると、そのまま屋外のバーに案内される。バブーンバーと名が付き景色を一望できるスポットも、夜となると辺りは明かり一つない暗闇の世界が広がるばかり。すっかり冷え込んできたところに嬉しい焚き火を囲みながら、シャンパンでアフリカで過ごすクリスマスをお祝いする。

せっかく楽しみにしていた食事が待つからと、シャンパンと共にいただくおつまみは少々遠慮。焚き火で体が温まったところで、レストランへと戻る。普段はメインを選ぶコース方式のようだけど、今日はやはりクリスマスということで、ビュッフェ方式。カレーや豆料理を取りつつ、炭火バーベキューの牛肉や鶏肉をお皿に盛る。スープ系のさらっとしたカレーは、久々になじみのある料理だったこともあり、おいしくいただく。バーベキューは、その場で調理したできたてで、旨みのある牛肉がおいしい。デザートまで多種の料理を味わいつつ、料理がおいしいという評判どおりの味に満足し、夕食を終える。


左:メイン棟1階にあるレストラン。ガラス張りの窓の先には大自然も、夜になると真っ暗闇で、何も見えず。
中:クリスマスビュッフェのメインは、シェフによるバーベキュー。様々なお肉をおいしくいただく。
右:カレーとお肉をメインにした、ムパタ初日の夕食。なじみのある料理に、安心しながら。



21時にロッジに帰り、翌日の準備に取りかかる。シャワーは温水が出ないことから諦め、電気が消える23時前に就寝。翌朝は6時にロビー集合だから、早々に。