08年12月22日−30日  in エジプト&ケニア
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ただ生きる、そして十万年後の今がある 
8日目【12月29日(月)】


ラストサファリ


いよいよムパタ最終日。午後には、ケニアを発つことになり、旅行も最終盤をむかえる。

時間があれば朝のゲームドライブが可能と企画会社から聞いていた行程は、昨日ムパタスタッフに確認し、十分時間があり、5割の方が最終日サファリに参加するという状況を教えてもらう。出発準備を兼ね、最後はゆっくりロッジを楽しみたいという人も多いというのが、参加が5割に留まる理由みたいだけど、昨日の午後サファリを休んだことから、参加を決意。ちなみに、サファリに参加しないスイート宿泊者は、最終日の朝食を部屋に運んでもらい、ロッジの庭で食べることができるサービスがあるという。それはそれで、魅力的だったけど。

朝5時に起床。サファリ終了から出発まで時間がないから、まずは荷造りを始める。5時50分に集合場所であるロビー横の図書館に行き、用意された紅茶で一服。予定通り、6時にムパタを出発し、サファリに出かける。


同じランドクルーザーには、昨日式を挙げた2人と自分達の2組。昨日の宴を振り返りつつ、すっかり通い慣れた未舗装悪路を下っていく。

マサイマラ国立保護区ゲートの前で、朝日と遭遇。アフリカ大陸最後となる朝の輝く太陽を前に、その全てを心と体に刻めつけようと、全身を開放し光を浴びる。





遠くに見える気球に、昨日の自分達を重ね合わせ、その景色を思い出しつつ車を前進。ゲート近くでバッファローの群れを、その後ウオーターバックの親子連れを見つけた後、運転手兼ガイドが、何か大物の動物を見つけたようで、突然道なき道を進み始める。

進む方向に何も見つけられない中、運転手は、「うん、間違いない、ライオンだ」と驚異の視力を発揮。これまで、他のガイドが見つけた動物を無線で教えてもらい追いかけるパターンだけだったから、初の捕り物にちょっと興奮。周りにどの車も見当たらない、雄大な大地のど真ん中で、ゆったりと休む雄ライオンに見入る。

ここでは、雄ライオンが少し離れて2頭いるという珍しい状況にも出くわす。縄張り意識の強いライオンが2頭いるのも珍しく、その理由は不明。木陰で休むライオンから、数百m離れたライオンへと場所を移動。そして、ここで、休んでいたライオンが立ち上がり、車のすぐ横を通るというハプニングに見舞われ、車の中は大きな興奮に包まれて。

ライオン見学後、クロサイにも出会う。クロサイは、アフリカの大型哺乳類で狩猟の際に危険を伴う動物として名付けられたビッグ5(ゾウ、ライオン、ヒョウ、バッファロー)に一角を占め、その中でも密漁で激減し、見られる確率がかなり低い動物として知られている。そんなクロサイに、最後のサファリで出会ったことは、なんとも幸運。草を食みつつ、のっそりと動く子連れのクロサイを温かく見守る。

最後の動物は、再びライオン、今度は雌で3頭連れ。盛り上がった土に前足を乗せ、草叢に隠れた獲物を探す姿は、なんとも壮観。ここまでラインオンづくのも珍しいと思いつつ、最後のサファリを終える。


左:マサイマラ保護区入口ゲート。たまに、ここで、入場チケットの確認がある。
中:朝日が照らす中、バッファローの群れが、草を食べつつ、移動していく。
右:ウオーターバックの親子。朝露に濡れた草原でのほんわかとした様子を。




左:距離は、5m程。なかなか迫力がある姿に出会う。このライオンが、この後突然立ち上がり、車のすぐ横を通っていく。
中:クロサイの親子。クロサイに会うことは珍しいようで、最後に初めて会うことに。
右:ライオンづくしの最後は、連れ立った雌ライオン。盛り上がった土に脚をかけ、草叢に隠れた動物を探す。






ムパタ出発


サファリ終了後は、急いで朝食。食後は、昨日思い出した、一眼レフデジカメ「ニコンD90」のビデオ撮影機能を使って、ムパタの様子を撮影しながらロッジまで戻る。ちなみに、このビデオは、昨晩の披露宴や今朝のサファリにと大いに活躍したところ。

ロッジに戻ってからは、大急ぎで、出発の最終準備。帰りの飛行機用に着替えをすまし、10時前にロビーフロントに到着。ムパタ滞在中に利用したサービスの支払いを済ませ、10時過ぎに、荷物を車に積み込み、空港へ向けて出発。

ナイロビ行き飛行機出発時間は11時と聞いていたけど、まあ、アフリカタイムはいつものことで、結局飛び立ったのは11時40分。空港到着から1時間の待ち時間は、送ってくれたムパタ日本人スタッフ達との雑談で過ごす。

さて、その雑談の内容。やっぱり当人達には聞きにくいから、こっそりとスタッフに確認。ところで、結婚式はいくらでできるの?と。費用は、20万円。プレゼントされるマサイ衣装、ビーズ装飾品、装飾こん棒、ブレスレット、名前に、式から披露宴までのマサイ族の手当、ウエディングケーキ、シャンパン全て含んでの料金とのこと。なるほど、ケニア唯一の5つ星という高級リゾートホテルで行う、マサイ式による、日本人スタッフ付きで、披露宴まで含めたものとなると、十分見合うのではと納得。日本での式と合わせて、新婚旅行で再度マサイ式を利用する人もいるよう。

宿泊者に日本人が多かったけど、やっぱり日系オーナーだから?
ムパタの利用者は、欧米人が中心。ケニアは、直行便がある欧州から特に近く、物価も安いことから、欧州近郊のリゾート地との比較で、ケニアを選ぶ人が多い。今後欧米サブプライムの影響も出てくるだろうが、ムパタは、ハネムーン需要が多く、長期休暇に関係なく年間を通じ利用者が確保できるのが強み。
ただし、年末年始と盆は、日本人が多い。欧米人は、数ヶ月前から旅行の計画を立てることは少なく、3ヶ月以上前から予約を始める日本人により、結果として日本の休暇に合わせて形で埋まることになる。

   
左:何もない平原に見えるけど、この先に見えるのが「KICHWA TEMBO」空港。滑走路と、柵、小さな休憩所がある。
右:土作りの滑走路と、帰りの飛行機。行きと比べると、大きくて安定感がある機種に、一安心。






再びナイロビ、そして帰国へ


ナイロビ行きの飛行機は、行きと違い大型だったため、揺れも少なく無事到着。乗客数により飛行機の種類を変えるというから、不要なスリルを求めないなら、乗客の多い午前の便がいいのだろう。

到着したナイロビのウイルソン国内空港では、思わぬ出迎えに驚く。そう、ケニア到着からアンボセリ国立公園、マサイマラへの出発までガイド兼運転手をしてくれたジャクソンがそこにいたから。29日は、ガイドの仕事が入るだろうから、他のスタッフが迎えに来るよと言われるも、飛行機に乗り遅れそうな状況だったため、別れの挨拶も十分にできずにいたから、再び会えたことが嬉しくて。

マサイマラはどうだった?なんて話をしながら、車に乗り込み、ナイロビ市内へと向かう。既に時間も12時を回り、まずは昼を食べに行こうと、カーニバルレストランへ。

ナイロビのカーニバルレストランは、多くの観光客が訪れる安心の店で、バーベキューの食べ放題というスタイル。まずは、6種のソースが運ばれ、それぞれミートごとにつけるソースの種類の説明を受ける。続いて、熱した鉄板を目の前に置かれ、食事の準備が完了。

丸焼きのミートが付いた鉄棒をスタッフが持ち歩き、○○の肉はどう?と声をかけてテーブルを回る。目当ての肉なら、呼び止め、丸焼きミートをナイフで適量削ぎ落としてもらう。そして、ここで食べたのは、ビーフ、ポーク、チキンリブ、ラムチョップ、オーストリッチ(ダチョウ)、クロコダイル(ワニのシッポ)とアフリカならではのミートの数々。ワニは意外とたんぱくで食べられるものだと感心。ソースは、それぞれのミートごとに用意されているが、結局岩塩で食べるのが肉の味がよく分かって一番おいしい、まあえてしてそんなものだと思いつつ、いつものようにそこに行き着く。

買物時間をとるため、1時間以内でとのジャクソンの忠告むなしく、デザートのアイスを食べ終わったのは、1時間10分超の14時前。目の前の肉の魅力に負けてしまい。

      
左・中:店入口。串に刺したいろいろな肉を、店入口にあるバーベキューエリアで、炭火を使って焼いていく。
右:レストランは、きれいな広々とした空間で、そこにテーブルが数十置かれている。少人数でも安心して利用できる。



      
左:ポーク、チキン、クロコダイル、オーストリッチと肉の種類により、ソースが違う。下には、サービスの豆料理やサラダが。
中:熱した鉄板皿に、肉を乗せてもらう。まずは、骨付きビーフから。
右:こんな感じで串刺しされたブロック肉をスタッフが持って歩き、呼び止めるとナイフで削ぎ落としてくれるシステム。



買物は、地元の人達が行く大型スーパーに案内。欧米系の観光客さえいない店内に、ジャクソンの案内があるからこそと感謝。スーパーは、地元の生活スタイルが分かる上、手頃なお土産物が多く、旅には欠かせない立ち寄りスポットだけど、ナイロビとなるとさすがに難しいと思っていたから。

店内で、ジャクソン家が毎日飲んでいるというおすすめのコーヒーを購入。高地のケニアは、コーヒー豆の産地。コーヒー発祥の地とされるエチオピアはいうまでもなく、ケニア隣国タンザニアがキリンジャロブランドを保有していたりと、コーヒーは東アフリカの主力産業となっている。紅茶も有名らしいが、昨年トルコ土産のチャイがまだあるから、パス。ジャクソンおすすめアフリカミュージックのCDを購入し、スーパーを後にする。

      
左:スーパー「NAKUMATT」。スーパー以外にも買物施設があり、ちょっとした商業施設になっている。
中:店内は、商品が大量に並べられ、外国らしさを感じる。
右:9個以下の買物の人用という、スピードゾーンに並んで、支払いを済ませる。



20分程買物し、15時前に空港到着。空港入口でジャクソンに別れを言い、荷物検査を通り、施設内へ入る。さっさとチェックインを済ませ、機内預けの荷物の扱いを念入りに説明。大型タイコは、壊れたら困るからと機内持込を主張するも、あっさり断られ、取扱注意の札をつけてもらうことで、しぶしぶ了承。タイコ重量が心配になるも、追加料金は不要と分かり、一安心。

会社へのお土産は空港で買おうと思っていたが、マカダミアンナッツしかない売店にがっかり。表紙絵がサバンナの動物達だから、これで許してもらおうと、3つほど購入。ご当地土産が数々並ぶ日本のありがたさを思う。


16時40分にナイロビ発、ドバイ時間22時10分(時差+1時間)に経由地ドバイ着と、4時間30分の行程。ドバイ4時間後の2時50分まで、本を読んだり、空港内を散策したりと過ごす。1時35分に出発ロビーに行くも、飛行機の到着時間の遅れや、整備に時間がかかり、ドバイ発は予定を1時間40分過ぎた4時30分。予想を超える遅れに、帰国後の新幹線乗り換えに不安を覚えつつ、眠りにつく。






                                                                                            


9日目【12月30日(日)】

さて、旅行もいよいよ終わりに近づく。
最後の機内食を味わったり、日本映画を見たりと時間を過ごし、関西空港に到着したのは、予定を1時間50分過ぎた18時30分(時差+5時間)。てっきり、9時間の渡る飛行中に、出発の遅れを取り戻すのかと思っていたら、一切の調整を行わないことが分かる。そんなにぎりぎりの飛行をしているのかと驚きつつ、もう少しなんとかならないものかと思ったもので。

こうなれば、いよいよ時間が限られる。時は年末30日。乗車率100%を超える帰省ラッシュの光景は容易に想像でき、だからこそ、帰りの新幹線は指定席を押さえたいたもの。1時間程度の遅れは想定し、時間に余裕を持って予約をしていたけど、1時間30分を超えると微妙なところ。とにかく急げと、足を速める。

預け荷物を取り、団体客にまぎれて税関を抜ける。過去2度荷物を総点検された経験から、少しの隙も与えないように。空港に預けていたコートを走って取りにいき、19時16分発の特急はるかに乗り込んだことで、大きく安心。遅くともこれに乗れば、予約の新幹線に乗れると事前に確認していたから。それにしても、飛行機到着後45分で特急乗り込みとは、よくやったものだと感心しながら。

これで、20時10分に新大阪着、20時30分新大阪発、22時広島着と順調に帰れると思ったものの、これで旅は終わらない。よりによって、静岡県で人身事故が発生したとかで、新幹線は、大幅な遅延。新大阪駅は行き場を失った人々で溢れ、特急券の払い戻しにと殺気立った雰囲気に包まれる。もちろん、こちらも負けていられない。9日間の旅を終え、疲れきりながらようやくたどり着いた最後の最後で、新幹線2時間の遅延では、平常心を保てるわけがない。キャスターの不調で思い通りに動かないスーツケースのコントロールに苦しみ、一方では既にお荷物に成り下がった20kgを超える太鼓が体力を奪われ。

それでも、遅延便のキャンセル席を確保できたことで、一気に好転。21時20分ののぞみに乗り、無事その日のうちに、帰宅する。旅にはつきものといいながら、日本に帰ってまで余計なイベントはいいよと思いつつ、9日間に渡るエジプト・ケニアのアフリカ2カ国を巡る旅を終える。

   
左:きらびやかなドバイ空港も、4度目の利用で、すっかり慣れたもの。いつか、1億円宝くじにチャレンジしようと思いつつ。
右:23時に広島駅に到着。この旅を共にした、バックパックとスーツケースを。








旅感想


ついに、アフリカ大陸に上陸を果たし、エジプト、ケニアという、いつかは行きたいと思っていた二つの国を訪れる。

砂漠を背景にした人類の遺産でもあるピラミッドは、見る者を圧倒すると同時に、人類の誕生と共にあり続ける神への畏敬の念の5千年を遡る表現が、今に生きる自分の心に普遍的に働きかける、なんとも不思議な心地よさ感じさせる。また、クフ王ピラミッドという、小学生の頃に出会った歴史上の遺産を目の前で見、自分の足で中を歩いたことは、小さな頃の思いの実現と重なり、大きな感慨を持つ。5000年前に、人類が築いた文明を背景にした、遺跡群。そこにある歴史の背景を想像しながら散策したエジプト・カイロは、他の都市にはない魅力ある楽しさを感じさせてくれた。

ケニアは、ここに来れたこと自体が嬉しい。想いだけで実現困難と考えていた上、計画を立てた後もいろいろ障害があり、それこそ強い覚悟の上、この地を踏んだものだから。どこまでも、自然に圧倒されたのが、ケニアでの思い出。アンボセリ国立公園でのキリマンジャロの圧倒的な姿は、今なお心に刻まれている。マサイマラ国立保護区のサバンナは、頭に描くアフリカの姿そのもので、どこか懐かしい自然の原風景をこの目で見、強く心で感じられたことは、大きな刺激となった。

エジプトでの砂嵐、ケニアでの急激な気温上昇からの暑さと、その地域特有の気候に出会えたことも、いい経験。衛生状態や特有の病気等、やはり、訪ねてこそ実感し、いろいろ考えさせられるもの。実際、自分で体験することで得るものの大きさは、この旅でも同じように感じたところ。そして、これまでと趣向を変え、宿泊に力を入れた今回は、今までにない経験もできた。ケニアで滞在した2つのロッジでの、自然と共存したすばらしい空間と、心温まるサービスは、いつまでも思い出として残っていくことだろう。


野生の動物達が生きるアフリカの大自然は、やっぱりすごい。これまで当たり前でいた、人間を中心とした世界がそこにはなく、人間は存在を認められないただの異物に過ぎず、手の加えられていない自然の中で、動物達の世界が展開される。文明以前の世界を十分に想像させる世界から、人類の根本を見させられたような気がする。

自然の中で繰り広げられる、動物達の日々の生活。周りに見張りを立て、その中で一群が草を食べるインパラ、ちょっとした物音にも警戒し、過敏に動き回るイボイノシシ、子供を守りながら移動するウオーターバック、集団で行動するガゼルと、捕食される危険性を持ちながら、彼らは何を思って生きているのだろう、明日食べられるかもしれない運命なのに、毎日、毎日、繰り返される終わりのない日々に、いったい何を見出しているのか、死なないために、逃げ続けるのが、彼らの人生なのだろうかと、自然を見ながら考え続ける。

そして、行き着いたのが、彼らは、死なないために日々を過ごしているわけじゃない、ただ生きようとしているだけだ、ということ。そこに理屈はなく、生きる上で、それを阻む者がいるから、避けているに過ぎない。そして、これは人間も同じだと気付かされる。人生に、生きる理由や価値を見出そうとすることは、発達した脳が考えた勝手な後付けの理屈に過ぎず、人間に課せられているのは、ただ単純に、今を生きるということだけ。何も立派なことをする必要はなく、ただ生きることこそが使命で、その積み重ねが、人類が生まれて十万年が経つ今につながっているんだということに気付かせてくれた。

世間の価値観や自分の思い込みに振り回されず、ただ生きることこそ、人生の全てだと思うと、すっと体が軽くなるのを感じる。30年かけ、知らないうちに体に染み付いていた社会の常識が、一つの価値観に過ぎないことに気付かされた瞬間。もちろん、今の社会に求められる生き方をすることは必要だけど、その根本にある人間という名の生き物のあり方を見つけ、これが、なによりのこの旅の収穫となる。


新しい世界を切り開いていこうと、20代半ばから4回に渡って出かけた旅も、そろそろ終止符を打つときが近づいてきた。大学卒業以来、4年振りの海外となった2004年の旅で、インド洋大津波に襲われ、人の生死と向き合ったことは、何にも代え難い経験として、自分の中に刻み込まれている。そこであらためて感じた、違った環境に身を置いてこそ、自分の幅を広げられるという思いは、翌年のニューヨーク一人旅へとつながっていく。そして、世界の中心として繁栄を謳歌する、多様な人種と文化が入り混じる街で、未来の人類社会のあり方を見出し、自分が持つべき価値観を考えさせられた。一年間を置き、これが最後と出かけたのは、東洋と西洋、イスラム教とキリスト教と様々な文化が混在する街、トルコ・イスタンブール。強大な権力が入り交じったことで生まれた文化の融合に、人間の築いてきた歴史の大きさと、自分の小ささを実感した。そして、4部作の最後を飾るべく出かけたのが、今回のアフリカ旅行となる。

何をするにも、タイミングというものがある。再び海外に出ようと思い立ったのは、偶然に近いきっかけからだけど、そこから、今がそのタイミングだと、その価値を見出し、時間とお金を投資したことは、自分の中でも誇れること。知らない土地を一人で動こうという気力と体力があり、新しい世界で何かを見つける感受性と自分の変化を受け入れる深さがあり、惜しみなく時間と資金をつぎ込むことができる、30代を前にした独り身の時期だったからこそと思うところが大きい。

この自分の中で広がった価値観は、これからの人生で起きていくだろう様々なことを受け止める器として、大きなアドバンテージになるんじゃないかと思っている。そして、自分の人生を彩る一端として、これらの旅が、ますます自分の中で大きなものになっていくことを楽しみにしながら、2008年エジプト・ケニア旅行記の筆を置く。


                                                            2009年7月3日 完






                                                                                            


総費用


本当に旅行を考えているなら、結局知りたいのはここだろうなということで、現実に引き戻すようであまり書きたくないけど、最後にこっそり入れることに。価格は、その人の価値観によるものだから、基本的に単なる数字として見てもらえたら。


○ 計 612,050円(一人分。土産等一部費用は除く)


【航空券 271,000円】
 ・ 関西空港−エジプト・カイロ(エミレーツ航空) 138,000円
 ・ エジプト・カイロ−ケニア・ナイロビ(ケニア航空) 50,000円
 ・ 空港税・サーチャージ 83,000円

【エジプト 31,050円】
 ・ エジプトビザ 1350円
 ・ 1日目入場料等 2700円
 ・ 2日目エジプトツアー 13,500円
 ・ ホテル 13,500円

【ケニア 292,000円】
 ・ ケニアビザ(内代行手数料) 11,000円(5000円)
 ・ ケニア現地手配料(ホテル、ガイド、食事、国内航空券等全て込み) 238,000円
 ・ マサイ村訪問 4000円
 ・ バルーンサファリ 39,000円

【その他 18,000円】
企画手配手数料 18,000円


補足すれば、旅行の時期をずらせば40万円前後が相場になるよう(オプションを除く)。ホテルのランクや行程により、30万円前後までは十分落ちる。つまり、ただ行くことなのか、その機会を最大限に活かすのかという目的により、値段が大きく変わってくる。燃油サーチャージ料(7万円弱)がないだけで、10%近いダウンになるから、タイミングも大きい。結婚休暇が取れるなら、新婚旅行として長期休暇から外して行くことこそ、最もリーズナブルな方法になるのだろう。
参考に書けば、ルックJTBのケニア9日間旅行(マサイマラのみ、ムパタスイート泊)が同時期で、626,000円。それを思うと、オプションを組み込み、自由に自分の行きたいところを盛り込めた、プライベート性の高いこの旅の良さをあらためて実感するところで。