松陰神社 松陰記念館 その他施設
旧松本村
top
全体景色 笠山 食事処
堀内 城下町 旧松本村
松陰記念館

山口−萩を結ぶ有料道路を萩出入り口に作られたのが松陰記念館。
吉田松陰の生き方や、松下村塾の人形を使った再現、手紙のレプリカを展示している。
建物前には、松下村塾の歴々の銅像が並ぶ。
写真は、建物正面にある松陰を囲んだ高杉晋作と久坂玄瑞。
なんてことない日本地図だけど、ここに松陰が旅した後を光の道で示す作りとなっている。
長崎から熊本、江戸はもとより、東北まで日本列島を旅していることがその時期と共に知ることができ、おもしろい。
自分の目で見て物事を測ろうとしたその姿勢は、必要なことだと思う。
情報のない時代だからこそ自分だけが頼り、そこで出会った仲間との交流がその後の松陰の活動にもプラスに作用したりと、現代にも通じることが多い。
館内
松下村塾の様子を人形を置いて再現したもの。
実際の講義の様子をナレーションで紹介しているので、見学しつつ講義も聴くことができるつくり。
所詮レプリカだけど、様子を知る参考になる。
吉田松陰や高杉晋作の手紙のレプリカが展示されている。

上 留魂録
吉田松陰が、刑死の前々日から2日にかけ書き上げた、塾生達への遺書。
後に続く同士に託す痛切な期待などが述べられている。


中 高杉晋作書状
松陰の死を知り、同月萩に帰ってきた晋作が、江戸にいる藩家老周布に松陰に対する気持ちや決意を綴ったもの。


下 松陰書
死罪の宣告受けるため呼び出された時、懐紙に最後に書いた一首が真ん中の掛軸。
右も同じく松陰の著で、彼の好きな言葉である「至誠」の文字。
「至誠」は必ず人を動かすという孟子の言葉を信じ、江戸で幕吏の尋問に積極的に自分の考えを述べた。
当初他の罪人の参考人程度で呼ばれた松陰が死刑にいたるのは、この裁きで自分の考えをことごとく述べてしまったことによる。彼の真摯な熱い気持ちを見ることができる。